読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

飛ぶ鳥の献立

かく在りき 書くに溺れし 持て余す惰性と付き合うため

蜜柑

 机の上に置かれたみかんは見事に熟しており、殺風景な自室に橙色の明かりを灯していた。冬の季語として古くから日本人に愛されるみかん。今年も彼らの旬がやって来た。目の前の一つを手に取り、よく揉み込む。こうすると甘くなるらしい。指先から、つんと甘酸っぱい香りが刺さって来た。

 11月19日。私は祖父のお見舞いへ行った。以前から入退院を繰り返し、「これが最後になるかも知れない」と聞かされていた。病院に入り、奥へどんどん進み、別棟の4階。随分と隔離されたところに祖父は居た。第一声は「よう」。互いに同じ言葉だった。すっかり痩せこけた姿からは、何故か満ち溢れた生命力を感じた。それから、他愛の無い話が続いた。祖父はモルヒネを投与されており、話の内容が支離滅裂で理解できないため、私はただただ相槌を打つのみであった。30分がとても長く感じられた。これ以上の長居は禁物と帰ろうとした時に、祖父は四つ折りの一万円札と一つのみかんをくれた。私は一万円だけを受け取った。金のみに執着した訳ではなく、みかんは祖父が食べるものだと思ったからだ。私をこの行為に至らしめたのは、偏に安心だった。その夜、祖父は亡くなった。結局のところ祖父は最期に私に会いたかったのだ。愚、何もかもが愚かである。祖父からの愛に躊躇う私は何者なのか。心にぽっかりと大きな穴が開いてしまった。

 手元のみかんを2つに裂くと、白の薄皮が透けて橙色が見えている。その一房一房に果汁がぎっしりと詰まっていて、跳ね返る感触がある。もし、みかんは食べられることに恐怖を感じているならば、この感触は必至の抵抗である。ならば、もし、みかんが食べられることを「仕方ない」とするならば-。一房を口にすると、果汁は喉を過ぎ、体全体に染み渡った。穴を埋めるためにはまだまだ足りない。