飛ぶ鳥の献立

かく在りき 書くに溺れし 持て余す惰性と付き合うため

“さる”からヒトを始めよう 初稿

登場人物

 

・青年

・医者

 

 

映像。「去る2045年。人工知能AIがとうとう人間の知能を超えようとしていた。世に言われる「技術的得異点』が迫っていたのだ。このままでは世界はAIに支配されてしまう。そこで、人間はAIを自らの体内に取り込み、合体することで、新たな生活を手にいれたのだ。」

 

 診療室。

 

医者 ハイじゃ、次の方どうぞ。

青年 失礼します。

 

   青年が入ってくる、

 

青年 どうも。

医者 どうも。じゃ、ちょっと失礼しますね。

 

   医者、頭に人差し指を当てる。

 

医者 はいはい、○○さんね。相談。ほう、どういった相談でしょうか。

青年 ああ、そんな感じで全部入ってくるんですね。

医者 あ、これね。そうそう。問診票とかは全部送られてくるんですよ。便利ですよね。

青年 前はパソコンとか通してましたからね。

医者 でも今は脳内に一発で情報が送られてくる。時代は進みましたよ、いやいや。

   で、どういったご相談ですか。

青年 ああ、そうでした。はい。あの、言いにくいんですけど。

医者 どうしました。

青年 あの、笑わないで聞いていただけますか。

医者 まあ、ええ。

青年 あの、僕の友達っていうか、周りの人に。

医者 はい。

青年 サルって呼ばれるんですよ。

医者 うんと、え?

青年 サルって呼ばれるんです。

医者 えっと、○○さんが?

青年 はい。

医者 あの、ですね。ウチはその、そういった相談は扱ってないんです。 

青年 でも呼ばれるんですよ。

医者 ですから。

青年 とても嫌なんです!

医者 はあ。

青年 今まで我慢してましたけど、もう耐えられないんです。

医者 まあ、どっちかっていうと長芋とかゴボウみたいですけどね。

青年 茶色い野菜ばっかじゃないですか。

医者 まあまあ。でもホントに個人的な悩みを聞いてる時間は無いんですよ。

青年 はい。

医者 あ、もしかしてあれじゃないですか。まだ済ませてないから。

青年 え。

医者 AI合体手術。まだ済ませてないからでしょ。

青年 多分それだと思います。

医者 ああ、なるほど。それでね。うまいこと言ったもんだ。

青年 はあ?

医者 いやいや。それでどうするんですか。受けるんですか。

青年 それをまだ迷ってるんです。

医者 はあ?受けないんですか?絶対受けた方がいいのに。全然便利ですよ。

青年 いや、なんていうか。まだちょっと不安なんです。ほら、ついこの前までAIが

   人を支配するんじゃないかって言われてたじゃないですか。

医者 はい。

青年 だからもし自分がAIと合体しちゃったら、それこそ自分が支配されるんじゃな

   いかって。

医者 何言ってるんですか。それを防ぐためにAI合体手術っていうものが出来たん

   じゃないですか。

青年 まあ、そうですけど。

医者 人は自らの体内に取り込むことでAIを支配し、さらに今までとは比べものにな

   らないほどのより良い生活を手に入れたんじゃないですか。

青年 まあ、確かに。

医者 そうでしょ。受けた方が絶対にいいんだ。

青年 でも、聞きたいことが何個かあるんですよ。

医者 なんですか。

青年 あの、笑わないで聞いてほしいんですけど。

医者 はい。

青年 あの、あれっていうか、セックス。セックスは気持ちいいままですか。

医者 あなた何個かあるうちの最初がそれですか。

青年 いや大事じゃないですか。よく考えてください。そもそもAIって勝手に増えて

   くじゃないですか。だからその繁殖行為って必要ないわけでしょ。ってことは脳

   も勝手にセックスは気持ち良くないものだって考えちゃうんじゃないんですか。

医者 あのね。いくらAIと合体しているからとはいえ、もとは人なんです。人が増え

   るためには、その、セックスが必要じゃないですか。

青年 ああ、そっか。

医者 それにね。言っちゃ悪いですけど、多分あなたの何十倍も気持ちいいですよ、

   セックス。

青年 は?

医者 AIでね、どうすれば一番気持ち良くできるかっていうのを計算するんです。そ

   れはもう、すごいですよ。

青年 そんなことできるんですか?

医者 はい。私が思うに、恐らくAIだってね、気持ちいいことが好きなんですよ。

青年 そういうことにも使えるんですね。

医者 どうです。手術受けたくなったでしょ。

青年 いや待ってください。

医者 なんですか。

青年 ごはん!

医者 は?

青年 ごはんおいしく感じないでしょ。

医者 何言ってるんですか。美味しいですよ。AIでレシピなんかもすぐに見れますか

   らね。最近では逆に太ってきちゃって、って何言わせるんですか。

青年 勝手に言ったんじゃないですか。

医者 だから受けなさいって。今だと補助金も出ますから。

青年 それじゃあ、テレビ!

医者 なに。

青年 ドラマとか映画とか頭いいもんだから途中で結末分かっちゃうでしょ。

医者 別にそんな感じで見てないですから。

青年 僕ドラマ大好きなんですよ。その楽しみを奪われるのが納得いかないんですよ。

医者 知らないですよドラマ好きは。

青年 いいですか。これは僕の楽しみ方なんですけど、まずは生で一回見るんです。そ

   それで録画しておいたのをまた見返すんです。そうすると「ああ、だからこの人

   こう言ってたんだ」とか分かるんですよ。

医者 それはAI関係なくあなたがめんどくさいってことじゃないんですか。

青年 そうかもしれないですけど、僕はそれが楽しいんですよ。

医者 まあ、あなたみたいな生身の人間は、そうやって考えてしまうのも仕方ないかも

   しれませんね。

青年 ちょっと、なんですか。

医者 あのね、人はサルからどうやって進化したか知ってますか。

青年 何言ってるんですか。

医者 いいですか。サルはね、道具を手に入れたんですよ。道具を使うために二足歩行

   によって手が自由となり、物を掴むに親指を手に入れたんです。

青年 それが何の関係があるんですか。

医者 つまりね。われわれ人にとって見れば、AIとはいわばサルの親指なんです。進

   化のためのワンステップに過ぎないのです。

青年 どういうことですか。

医者 まだ分からないのか、あんた。あんたはつまり、親指も手にしていないただのサ

   ルだってことだよ。

青年 ひどくないですか。あんた医者でしょ。

医者 医者もクソもねえんだよ。何もわからないサルにサルって言って何が悪いんだ!

青年 言っていいことと悪いことがあるでしょ!

医者 ああもう、キーキーうるせえな、このサルは!

青年 うるさいのは、どっちかって言ったらあなたでしょ。

医者 あーうるせえ、うるせえ。そうやって鳴くことしかできねえんだな、サルは。

青年 もういい。頭きた。手術なんて受けねえよ。

医者 そうですか、そうですか。一生そうやってキーキー鳴いてればいいんだよ、あん

   たは。

青年 くっそお前。覚えてろよ!

医者 うるせえ!

 

   青年、診療室を出る。

 

医者 ああやってバカみたいに古い考えのやつがこの世界をダメにするんだよ。

 

   青年、戻ってくる。

 

医者 なんだよ!

青年 失礼しました!

 

   青年、診療室を出る。

 

医者 気持ち悪いな、もう。はあもう全くやってられませんよ。ったく。はい、じゃあ

   次の方どうぞ。

 

   青年、診療室に入ってきて、医者を銃で撃つ。そして、人差し指を耳に当てる。

 

青年 もしもし。はい。たった今、差別思想因子を排除しました。はい。はい。それで

   は、次の現場に向かいます。

 

   青年、診療室を出ようとして、立ち止まる。

 

青年 キーキーうるさいのは、あんただよ。

 

                                         終