飛ぶ鳥の献立

かく在りき 書くに溺れし 持て余す惰性と付き合うため

たのしい理科教室

「たのしい理科教室」

 

 

○登場人物

・先生

・女の子

 

 

 

 チャイムがなる。教室。

 

先生  こんにちは!たのしい理科教室へようこそ!今日もみんなと一緒に楽しい理科      

    の実験をしていくよ。

女の子 みんなって,私しかいないよ?

先生  ああ,まあ,そうだね。じゃ,じゃあ今日はこの二人でお勉強しようか。

女の子 えー。

先生  ちょっとちょっと!だって二人しかいないんだからしょうがな・・・

女の子 むふふー,うそ!ほら始めよ,今日の実験!

先生  なんなんだよ,もう。じゃあね,今日の実験は,「ものの燃え方」の実験で                    

    す。物が燃えているところは見たことあるよね。

女の子 ある。

先生  よし。今日はね,ろうそくを使ってある実験をしたいと思います。

 

 先生,実験器具を取り出す。

 

先生  いいですか。二つのビンがあります。どちらも底はありませんね。このビンの

    中にろうそくを入れて燃やしてみようと思います。

女の子 うんうん。

先生  一つ目のビンはこうやって底を粘土で塞いで,中にろうそくを立てます。そし

    て,ビンの上もガラスのフタで塞ぎます。オッケー?

女の子 (オッケーサイン)

先生  もう一つのビンも底を粘土で塞ぎますが,ちょっとだけ穴を空けておきます。

    そしてろうそくを立てて,ビンの上にガラスのフタを,これも口が半開きにな

    るようにしておきます。さて,二つのビンの違うところはどこかな?

女の子 えっと,こっちはちゃんと塞がってるけど,こっちのは穴が空いてるから空気

    が通る!

先生  おーなるほど。こっちのはビンの中に空気が流れるようになってるんだね。   

    よーし,ではこのろうそくに火をつけてみたいと思います。さて,どうなるか

    な?スタート!

 

 先生,ライターで二つのろうそくに火をつける。

 

先生  さて,どうなったかな?

女の子 こっちの塞がってる方はすぐに消えたけど,穴が空いてる方は燃えたまま!

先生  ということは,物が燃えるためには何が必要かな?

女の子 空気!

先生  そうだね。物を燃やすには,このように空気が必要なのです。

女の子 すごーい!

先生  ははは,それほどでもないよ。

女の子 ずっと燃えてるー。

先生  え,まあそうだね。あ,でもね!こっちのビンもフタを塞ぐと・・・

女の子 消さないで!

先生  ああ,ごめんごめん。

女の子 ろうそくってよく燃えるね。

先生  そりゃあ,ろうそくだからね。

 

 女の子,ライターを手に取る。

 

先生  危ないよ!

女の子 大丈夫。使ったことあるから。

先生  そうか?気を,つけてね。

女の子 うん。便利だねー,これ。

先生  あのさ,ホント気をつけてね。

女の子 先生!

先生  うわびっくりした!なに?

女の子 先生を燃やしたらどうなるの?

 

 女の子,ライターを先生に向ける。

 

先生  はあ?

女の子 先生を燃やしたらどうなるの。

先生  いやあ,言ってる意味が分からないなあ。危ないって。

女の子 お願い!やって見せて。

先生  そんなのできないって。

女の子 おねがい!先生が燃えたらどうなるか知りたいの。

先生  は?ヤケドするよ,普通に!

女の子 先生がするかどうか分からないじゃん!

先生  するよ!なんなら,この前したよ,ヤケド!料理してたら!

女の子 でも私見てないもん!

先生  そりゃそうでしょ。

女の子 目の前でやってくれなきゃ分からないでしょ!実験してよ!実験教室でしょ!

先生  そ,そりゃあそうだけどさ!もはやそれ実験じゃないよ。拷問だよ拷問。

女の子 先生。私ね,知らないことを知らないままにしてるの大嫌いなの。

先生  無視しないでくれる?できないよ,そんなの。

女の子 私このままじゃ夜も眠れないよ。

先生  ・・・じゃもう,寝なきゃいいんじゃない!?

女の子 先生お願い!先生が燃えてるところ見せて!

先生  だからできないって。

女の子 みんな言ってたよ!理科教室の先生おもしろいって,いい人だって!

先生  それこのタイミングで言うー?

女の子 先生が燃えたらどうなるの?

先生  だからヤケドするって!知ってるでしょ,ヤケドって。だから危ないんだっ

    て。

女の子 先生がするかどうか分からないじゃん!

先生  分かるよ!普通に「熱っ」ってなるって絶対!

女の子 絶対なんて分かんないじゃん・・・。

 

 女の子,落胆する。

 

先生  もう怖いよ・・・。なんでそんなに見たいの?その・・・,俺が燃えてるとこ

    ろ?

女の子 先生じゃなきゃダメだから。

先生  なんなの,そのたまーにある持ち上げようとしてる感じ。言ってもね,俺は燃

    えたりしないよ。ガソリンとか無いと燃えないから。ただただヤケドして終わ

    り。

女の子 先生,燃えないの?

先生  燃えません。ていうかどうしてそれそんなに気になるの?

女の子 私,知らないことを知らないままにしてるの・・・

先生  それさっき聞いたから。

女の子 だって先生は先生でしょ。先生だから大丈夫なんじゃないかなって思っ

    て・・・。

先生  ・・・はあ?

女の子 先生なんだから大丈夫でしょ?

先生  先生でも普通にヤケドするって・・・

女の子 先生は普通じゃないよ!だって先生だもん!

先生  ・・・先生だって普通の人間だよ!

 

 沈黙。

 

先生  あのさ,そんなに人が燃えるのが見たかったらさ,ネットにでも何でも動画あ

    るから。ちょっとグロいかもしれないけどさ,見れるから。ひどいよ,ホン

    ト。見たことないだろうけど。

女の子 見たことあるよ。

先生  は?

女の子 ・・・。

先生  いつ。

女の子 4才のとき。

先生  なんで。

女の子 あのね,家の中で遊んでたらね,テーブルの上にライターがあって。なんか

    触ってたら火がついたの。面白かったから何回も火をつけて遊んでたのね。そ

    したらお兄ちゃんが後ろから「わぁ!」ってやってきたの。私びっくりして転

    んじゃって。そしたらね,床のカーペット?に火がついちゃって。お兄ちゃん

    とどうにかしようって思ったんだけどどうにもならなくて。気づいたら火がす

    ごいことになっててね。そしたらお父さんが来て,私とお兄ちゃんだけ外に出

    してくれて。でもお父さんは「まだ中にお母さんがいるから」って家の中に

    戻っていったの。私ずーっと家の中を見てたんだけど,なかなかお父さんが来

    なくって。それでね・・・

先生  やめろ!

女の子 え?

先生  ごめんね。そんなことがあったなんて知らなかったからさ。こんな実験し

    ちゃってごめんね。まだ少しだけ時間あるけど今日はもう帰っても大丈夫だか

    らね。

女の子 うそ!

先生  え?

女の子 全部,うそ!

先生  はあ!?

女の子 ひっかかったー!今の話は全部嘘でーす!

先生  なんだよもう・・・。

女の子 あ,今ちょっとだけイラッとしたでしょ?ふふふ。

先生  ダメだよ・・・。そういうのはダメだよ・・・。

女の子 ごめんなさーい!

先生  ダメだよ!そんなこと言っちゃ絶対ダメ!死ぬとかさ,命を大切にしてないよ

    うなことをさ,そんな簡単に言っちゃダメ!嘘でもなんでも,絶対にダメ!

女の子 ・・・ごめんなさい。

先生  ・・・あ,こちらこそ。

女の子 ・・・あのね,先生ってやっぱりいい人だね。

先生  いや,これはいい人っていうのか・・・

女の子 じゃあさ!やろうよ,実験の続き。

先生  さっきまでのお話聞いてました?

女の子 それはそれ,これはこれだよ。ほら,見せてよ,実験。

 

 女の子,ライターを先生に向ける。

 

先生  なんでそんなことしなきゃならないんだよ。

女の子 ふふふ。だって,先生でしょ。

先生  ああ,先生だよ。

女の子 だったら,やらなきゃ。実験。

先生  はーあ。・・・バカだろ,お前。

女の子 ほら。早く。先生。

 

 先生,ゆっくりとライターを受け取る。

 

先生  言っとくけどな,俺がふつーにヤケドして終わりだから。

女の子 先生はどうなるか分からないじゃん。

先生  バカだなぁお前は。

女の子 ふふ。

先生  ちゃんと見とけよ。一回しかやらないからな。

 

 先生が火をつけようとした瞬間,チャイムが鳴る。

 

先生  あ。

女の子 あ,時間だ。

先生  え?

女の子 じゃあ私行きますね。次はたのしい算数教室に行ってくるから。

先生  あ,ああ,そう。そっか。

女の子 じゃあ先生,じゃあね。

先生  あ,じゃあ。

 

 女の子,教室を出ていこうとする。出口の前で立ち止まり,振り返る。

 

女の子 先生!

先生  なに!?

女の子 私,将来,先生みたいな先生になるから!

先生  ・・・。

女の子 じゃ!

 

 女の子,教室を出ていく。教室の外から和やかな家族の会話が聞こえる。

 

先生  なんなんだよ,もう・・・。

 

 先生,イスに座り込む。しばらくした後,器具を片付けようとする。その時,手にし

 ていたライターに気づき,目をやる。

 

先生  ふふ。バカだな,お前。俺のことなんて覚えてるわけねーだろ。

 

 先生,ライターを放り投げる。

 

先生  では次の方,どうぞー!