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飛ぶ鳥の献立

かく在りき 書くに溺れし 持て余す惰性と付き合うため

寒空に降ゆ

 11月の東京に初雪が観測された。54年ぶりだと言う。どうりでここ数日、寒き日に身を縮めている。もはや寒冷や降雪への嫌悪などを差し置き、「今年も冬が来た」ことを万人が認めざる負えぬ状況となった。冬はこれまでの陽気な日々を一変させ、空を灰色一色へと塗り替えてしまった。私はユニクロのフリース一枚を買い置いていた。寒き中、表へ繰り出し活動的な日々を送らんとの意思はなく、ただ単純に憎むべき冬と対峙する覚悟を決めただけのことである。寒さには、人の向上心を叩き潰すだけの影響力と無慈悲さがあると考える。

 15時、惰眠を貪る自分に辟易とし、散歩することを決意する。下ろし立てのフリースに袖を通し、その真新しさから来る高揚感を身に感じつつ、表へ飛び出した。次の瞬間には、心に空虚が広がる。当たり前のことながら、それでも寒さは心身に応えた。辺りを見渡せば、さながら白き夜であった。黒き闇とはまた異なる、空っぽな空である。温もりはまるで感じられない。目的地を決めずに家を出てしまい、「参った」と思いながらも取り敢えずと歩を進めることにした。大通りへ抜けると人の姿も疎らに見え始め、自分と同様に寒きを耐える彼らに対して、言葉に出さず労をねぎらう。誰もかれも口数は少ない。代わりに口先を発つのは、息である。吐息は白く彩られ、幻想的な雰囲気への共感を強いてきた。私はこの勝手千万に憤懣やる方なかった。呼気の可視化とは即ち生きている証である。生に背を向ける私にとって、これぽっちの些細な事柄でさえも、自らが命の拠り所として血肉沸き立つ存在であると痛く感じてしまうのだ。何の気なしに歩くうちに体温も下がり切り、暖を求めた私は喫茶店にてホットコーヒーを飲む。喫煙可の席は人で溢れていた。煙草に火を着けたところで、文を書き残すことを決める。今後、私は幾度の冬を経るのだろうか。何年後かの冬にはまた異なる思いを持つことになるのだろうか、と半ば希望にも近い愚計を巡らせた。帰路に就く頃には、辺りは黒き夜であった。