飛ぶ鳥の献立

かく在りき 書くに溺れし 持て余す惰性と付き合うため

感冒

 移り気な季節に呼応するが如く、私は風邪を引いてしまった。喉の痛みを感じた頃には時既に遅く、徐々に悪化の一途を辿った。元より鼻の弱い私だが、この鼻水の量の多き事には苦悶している。澄んだ外界の空気を取り入れんとするも、上手く呼吸の出来ないもどかしさと酷い息苦しさが残るばかりである。最も不調であった日には、熱が38.2℃を記録した。私自身としては、以前インフルエンザウィルスに感染した際の40.9℃という自己記録に誇りを持ち、「こんなもの医者の手に掛かるほどでもない」と高を括っていたが、親の薦めに根負けする形で仕方なしに病院へ行くこととした。

 待合室には私の同士達が勇ましく坐していた。どうせ病院に掛かる者達だ。さぞ自らのたけなわな症状に畏敬し、我冠を頂かんと驕倣の限りを尽くしているに違いない。猛者揃いの中にあって、私はたじろぎを隠せなかった。問診票を適当に済ませると、診療までさほど時間は掛からなかった。ぞろぞろぞろと新たな同士は後を絶たず、私は遺憾の念に後ろ髪を引かれながら先生の下へ赴いた。先生は優しげな表情で待ち構えて居られたが、突如として私の鼻に綿棒を突き刺してきた。これ程の痛みは長らくご無沙汰だ。先生は表情を微塵も変えず、インフルエンザの検査だと仰った。勿論、インフルエンザでは無かった。薬を御処方頂き、診療室を出る際もその顔は慈を表していた。あれはもう顔に面が張り付いているのだと、ただただ病院への嫌忌を強めるだけだった。

 あれから数日が経つが、薬は1日分しか飲まなかった。どうせまた風邪を引くので、それまで保存せんと貧乏性が働いている。体は治癒に向かってはいるが、完治とまでは行かない。共に住む淑女は看病する素振りも見せない。誰が心配するでもない風邪は、時に流れてそのうち姿を消すだろう。